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僧帽弁閉鎖不全症 形成術 ICUから一般病棟に移る 2021年6月9日

ICUの2日目の朝

手術から2日目の朝。たしか、ヨーグルトドリンクだかなんだか忘れましたが、流動食系の朝食が出たように記憶してます。

そんな朝食を終え、処方薬をもらい飲んだ。

私の担当医も来てくれて「今日一般病棟に移れますよ」といわれた。ICUは、早ければ手術の翌日には出られると聞いていたのに、私はICUに一日多くいました。

ICUから一般病棟へ移動

10時に私のベッドがICUまでお迎えにきてくれたので、ICUのベッドからお迎えのベッドに移してもらう。

ベッドのままエレベーターに乗り一般病棟に帰ってきました。なんか少し安心したかな。

病棟のこの日の担当看護師さんが、

「ICUはなかなか眠れなかったでしょう?今夜はゆっくり寝てくださいね。」

と言ってくれました。

とはいえまだ傷の痛み、微熱、気持ち悪さもあって絶不調!!

傷が痛くて自由に寝返りも打てないので、とにかく背中が痛くなってきた。看護師さんに背中が痛いことを言ったら、医療用クッションを持ってきてくれました。

『あーだいぶ楽になった。もっと早くお願いすればよかった。』

コロナ渦の入院は、こんな小さなことも家族の見舞が一切ないので助けてもらえず大変です。

というか、看護師さんはほんとにお忙しそうなので、言っていいのかちょっと遠慮してたかも。お願いすると優しく親切に対応してくれるので、本当に毎日感謝してました。

だから、ついお願いしていいのかな~と遠慮しちゃうんだよね。(^^;)

自分の身の回りのことができずとても不自由です・・

ICUにいたときは、担当看護師さんが付きっきりで至れり尽くせり看護してくれたので、自分の手を動かさずとも水も飲めたし、テレビも見ることができたのです。

何でも先回りして、声掛けしてくれた。本当に手厚い看護でした。

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私の入院していたS病院は、手術からICUにいる間は、一般病棟に部屋がない状況になるのです。ICUから一般病棟に移ることが決まってから、自分の病室が決まる流れなのです。

この日、自分の病室に移動したら、預けていたスーツケースがすでに届けられていました。

担当看護師さんが着替えの手伝いに来てくれたので、たくさんの管に繋がれた私はまだまだ不自由です。着替えとスーツケースから必要な物を出してもらえるようにお願いして、手の届くところに置いてもらいました。

まだたくさんの管に繋がれている私なので、サイドテーブルにすら手が伸ばせない状態です。

  • スマートフォン
  • タオル
  • 水筒

とりあえず、最低限に必要な・・・というか思い付いた物を出してもらいました。

スマートフォンがあるおかげで・・・

6月7日の昼から電源を切り預けていたスマホに、2日ぶりに電源を入れました。

手術後の6月9日です。すごく久しぶり!

先ずは、家で待つ夫に連絡。ずっと様子がわからず心配してくれてました。

電話は電話室までいかないとかけられないので、実家の年老いた両親には夫から電話連絡してもらうように頼みました。

コロナ禍の入院は、患者も家族も本当に会えないのでどうにもなりません。仕方ないんですけど、私も一人で頑張りました。

心臓血管外科の入院病棟は、どちらかというと高齢者の方が圧倒的に多く、60才そこそこの私は若い方で、高齢者の方たちは家族に会えないことがどれほど心細く思っているだろう・・・。

私はスマホで動画を観たり、LINEしたり、メールしたりと、スマホのおかげでだいぶ孤独にはならなかったけれど、お爺さんお婆さんたちは家族に会えない中で、大変だろうな・・・と思いました。

私の入院していた病院は、院内中どこにいてもFree Wi-Fiで繋げるので、本当に有難かったです。

ゲームも動画もサクサクでした。これは本当に嬉しかったです!

とはいえ、まだ術後2日目の私

余りスマホをやってる余力がないみたいで、夫にLINEで様子を伝えたら、もう疲れてしまってアウトでした。

他に友達とかにも状況を知らせたかったけど、また少し微熱が出てきたようなので、スマホはやめました。

まだ安静にしていないとね。。

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